練習の量と質については、割と話題になる事が多いように思います。それはテニスでもそうでしたし、フットバッグでもそう思います。最近ではへんもさんがブログで言及したりしていましたね(あれはとても良い記事だったと思います)。
 確かに練習の量と質は部分的にトレードオフの関係にあることは事実だと思います。しかし、どちらを重視したらよいか?という質問に対しては、その質問自体が適当ではないと私なら答えます。そんな風にどちらを取るかというような(あるいはどちらかを取れるというような)簡単な関係ではありませんし、単純に相反するものでもないからです。ただまあ、それでもどちらかをと言われたならば、ひとまず量を重視することを勧めるでしょう。

 そもそも、練習の質が高いとはどういう事かという事について、きちんと説明した上でこの話をする人はとても少ないように感じます。因みにこれは私の経験上の話ではありますが、練習量の確保の大切さを説く人には一定の説得力がありまたきちんと結果を出している人がそれなりにいましたが、練習量よりも質を大切にしなければならないという人で、まともな論理展開を行ったり結果を出している人は殆ど見たことがありません。僅かに質を重視する人できちんとした説明を行う人がいましたが、その人達はいずれも基準がもの凄く高いため、質を重視して減らした後の練習量ですら普通の人からすれば想像を絶するような練習量であった事を付け加えておきます。
 練習量より練習の質の大切さを説く人は、苦しい練習をしたくない言い訳に使っているだけというのが、少なくとも私が出会った人では大半でした。ただ、このことについてこれ以上云々する前に、練習の質が高いというのがどういう事かについて、ある程度定義しておきたいと思います。

(1)単位時間当たりの練習量が多い(密度が濃い)
 これは例を挙げると分かりやすいと思います。
 例えば1時間の練習で同じ強度の練習を行っている人が二人いるとして、片方はトータルで45分間蹴って15分休憩、もう一方はトータルで30分蹴って30分休憩だとしたら、どう考えても前者の方が質が高い練習をしていることが分かると思います。あるいは、全く同じ練習内容を一方は30分かかり、もう一方は15分で終える、というようなケースもこちらに当てはまります。
 この方向性で練習の質を上げるには、持久力の最大値が高いこと、持久力の消耗量が少ないこと、技術的な安定性が高いこと(ドロップが少ないこと)が必要になります。

(2)下位互換性のある上位技術を練習できている
 こういう書き方をすると良く分からない人が居るかもしれませんので、例を挙げます。
ある人はクリッパーのみ交互の練習を100回程度行ったとします。もう片方は、クリッパー交互を50回、クリッパーのストールとセットの感覚の延長線上でダッキングクリッパーを50回交互行ったとしましょう。そして、ダッキングクリッパーで得られた技術的気づきがクリッパーストールとクリッパーセットへフィードバック可能であったとします。どちらの練習が質が高いですかと聞いたら、多くの人は後者の人の練習が質が高いと思うのではないでしょうか。
尚これはあくまで同系統の上位技術だから比較できる事であって、別系統の技術では一概に言えません。バタフライの練習よりパラドックスワールの練習の方が質が高いとは言えないという事ですね。
 この方向で練習の質を高めるためには、技術力の高さ(難しい事が出来る)と、技術に対する理解力が必要です。上記の例で言えば、ダッキングクリッパーはクリッパーストールの精度とクリッパーセットのコントロールが、通常のクリッパー交互の練習よりも高いレベルで求められると同時に、延長線上にある技術であるという事を理解しているかという事ですね。

(3)一度に多要素を含む練習を行う事が出来る
 これは(1)や(2)とかなり重なる部分があります。
 例えばクリッパー練習の構成要素は、クリッパーストールとクリッパーセットのみです。これがスピニングクリッパーだと、クリッパーストールからの始動、クリッパーセットとその応用としてのスピンのセット、スピンが終わった状態でのクリッパーストールが構成要素となります。メイルシュトロームなら大雑把にいえばクリッパーストールからの始動、スピニングダッキングセット、ダッキングからのパラドックスワール、クリッパーストールが構成要素となり、スピニングダッキングセットやダッキングからのパラドックスワールは更に複数の要素から成り立っています。
 必ずしも多要素を含む技術を練習することが質の高い練習と言えるわけではありませんが、基本的には要素が多いほど一度に多くの要素を鍛えられるため質が高くなりやすいです。また、非常に多くの技術要素があるフットバッグにおいては、ある程度練習を統合する(別記事で詳しく触れます)ことをしないと、練習時間がいくらあっても足りません。今回は簡単にあげますが、例えばダッキングクリッパー交互100回と、バタフライ交互(インフィニティ)100回で合計200コンタクト練習しているとします。両方ある程度の実力が付いたら、これをダッキングバタフライ交互100回に統合します。これで、ダッキングクリッパーの練習とバタフライの練習を両方含んでいると解釈します(もちろんダッキングバタフライそのものの練習にもなります)。そしてその事により確保できた空き時間を、別の技術を練習することに回します。こうすることで、練習密度を高めつつなるべく練習量を減らさずに他要素を練習することが可能になります。
 ダッキングクリッパーとインフィニティそのものの練習と全く同じ効果が得られるわけではありませんが、近い効果は得られますしそれ以上に得られるメリットがかなり大きいです。ただ、時々は基本に立ち返り、ダッキングクリッパーやインフィニティの感覚がどう変化したか確認することは必要になるでしょうが。
 この方向性で練習の質を高めるには、技術力の高さ、技術に対する理解、練習を工夫する意識が必要になります。

(4)確かな練習を行っている
 例えばクリッパーの練習を100回行ったとします。特に深く考えずに100回やる事だけを念頭に、1回1回を軽く考えて行っていたならば、それは質の低い練習だと言わざるを得ません。1回1回のクリッパーに集中して取り組み、成功と失敗にそれぞれ理由を見つけ、常に自分の技術を改善するためのフィードバックを行い続けていれば、それは質の高い練習と言えるでしょう。このように、個々の練習をおろそかにせず、全ての練習に対してどれだけ深くやれるかという視点が確かな練習を行うという事です。
 この方向性で質を高めるには、技術に対する理解、精神的な成熟、問題解決意識(意識の高さ)が必要となります。特に成長速度が速い人は、このことを無意識に(自然に)できている人が殆どです。

(5)技術に対し多くの視点を持てる
 これは(4)とかなりの部分で重なります。
 例えばクリッパーの練習をするとして、どのくらいのポイントを意識して練習することができるか。ストールするための体の使い方、バッグの勢いの吸収、次のセットへの準備位の意識するポイント数では、かなり少なく質が高くないと言わざるを得ません。セットしたバッグが落ちるタイミングとストールするタイミングの合わせ、軸足とストールポイントの位置関係、重心位置の遷移、ストール動作の最小化、無駄な力みの排除、ストール足の準備するタイミング、バッグの乗せる位置、ストールしたときの態勢とバランス、ストールを行うという動作と次のトリックの始動の融合など等。上げるときりが有りませんのでこのあたりで止めますが、クリッパー一つとっても非常に多くの技術的なポイントがあるという事です。
 勿論、それぞれを厳密に一つ一つ動作の中で意識しながら動いているわけではなく、特に技術力が高まれば高まるほどそれらの大部分は無意識的に並行して処理されます。しかしこれらの意識ポイントが多ければ、失敗したときに何が悪かったのかに気付きやすくなりますし、自分の失敗パターンに気付くこともできるようになります。ひいては、自らの欠点に気付き、それを修正することも容易になるはずです。そして、今まで無意識に行っていた欠点を意識化して練習し、修正が終えたら再度無意識化するという流れで技術力を高めるとともに、その安定性も高めることが出来るでしょう。
 この方向性で練習の質を高めるには、技術力の高さ、技術に対する理解、問題解決意識、動作分析をする力が必要となります。

(6)練習する課題が明確であり、短いスパンで循環している(規律がある)
 人が技術を高める方法としては、基本的に何度も反復して練習するしかありません。ですが、何を練習するかという課題を明確にせずに練習していると、練習内容が一定に定まらず散漫な練習になってしまいます。
 例えば1週間のうち2日ピクシー関連の初メイク狙いの練習し、次の2日はアトミック関連、その次はステッピング、そういえばワールもやりたかったと次はワールに‥‥といった感じ。これでは仮にある程度の技術的な気付きが得られても反復されない為、技術が安定せず場合によっては退行する(もとに戻る)可能性すらあります。ですので、何を重点に練習するかをきちんと決め、どんなに長くとも1週間では循環するように練習計画を立てた方が質の高い練習になるでしょう。
 個人的には、ある程度のバリエーションを付けた上で2日~3日で循環する方が良いと思っています。また、基本的に技術は継続して練習し間をおかず反復する方が上達しやすいですし、忘れにくくなります。例えば練習が3日で循環するとして、ピクシー関連100、アトミック関連100、ステッピング関連100の量を練習するとした場合、1日目ピクシー関連100、2日目アトミック関連100、3日目ステッピング関連100の循環とするよりは、1日当たりピクシー関連33(34)、アトミック関連33(34)、ステッピング関連33(34)を3日間練習するとした循環の方がより高い効果が望めるでしょう。もっとも、これについてはあくまで基本的にその傾向があるというだけで、必ずそうした方が良いと言い切れるわけではない場合もありますが。
 この方向性で練習の質を高めるには、計画を立案・調整する力と、反復練習を厭わない精神的な強さが必要となります。

(7)目的と合致した内容の練習やトレーニングを行っており、適切な負荷がかかっている
 フットバッグの練習だけを例に挙げるだけだと何なので、今度はトレーニングで例を挙げてみましょう。まず、目的に合致しているかどうかという視点から。
 持久力を鍛えるために心肺機能を強化するメニューを考えるならば、当然心肺機能に負荷をかけるトレーニングを選択しなければなりません。例えばそれはインターバルトレーニングであったり、速い速度でのランニングであったりするでしょう。しかし、その目的でトレーニングを行うのに、遅いスピードでのランニングを選択したとするならば、それは非常に質の低いトレーニングとなるでしょう。トレーニングは何を鍛えるかという意識と、鍛える手段が合致していなければ高い効果が見込めない為です。
 また、心肺機能に負荷をかける為にインターバルトレーニングを選択(ここでは200mのインターバルトレーニングを5本とする)したとして、適切な負荷がかかっていないと質が高い練習とは言えません。今回の場合においては、高い心拍数になるよう最初から全力で走らなければなりません。具体的には、心拍数が180~200程度まで上げられないといけないでしょう。この時、割と勘違いしている人が多いのですが、記録が良いことが質の高い練習となるわけではありません。例えば200mを5本とも30秒に揃えて走れたとしても、心拍数が160前後までしか上がっていないならばあまり質の高いトレーニングとは言えませんし、逆に最初の1本目は28秒程度のタイムで走れたものの最後は36秒まで記録が落ちたとしても、全体的に心拍数が180を超えており最後は200に届くようならば、それは質の高いトレーニングと言えるでしょう。
 この方向性で練習の質を高めるには、技術や身体機能への理解、精神力の強靭さ(単なる強さとはちょっと違う)、計画を立案・調整する力が必要なります。

(8)練習内容が事前に作成されている
 これはとても基本的なことのようですが、非常に重要です。もしこれを行っていないならば、それだけで様々な点から見て質の低い練習にしかならない可能性が高いです。その日の練習内容を考えていないという事は、課題が何かという事を明確に考えていないという事であり、ひいては長期的なプランニングもできていないという事を意味するからです。
 目標を達成するためには、長期的な視点と逆算する視点が欠かせません。例えばJFCのフリースタイルで優勝することを目標にしたとして、(ア)どの程度の難度で何ドロップ以下にしなければならないか検証し、(イ)その結果を持ってどのような演技にするかアウトラインを決め、(ウ)その為に習得すべき技術と必要な安定性について見積もり、(エ)JFCが開催される時期と残された時間からそれぞれの技術にかけられる時間を逆算し、(オ)その計算を基にした月ごとの練習計画を定め、(カ)その達成に必要な練習内容を立案し実行する、という流れになります。つまり、きちんと計画が立てられていれば必然的に日々の練習内容が決まるわけで、それが事前に考えられておらずその日その日で決定しているならば、明確な目標や目標達成に必要な過程などが考察されていないという事を示します。
 これでは、どんなに日々の練習に力を注ぎこんだとしても、あまり上達へ結びつかず空回りの日々となるか、本来達成したいはずの目標とはベクトルがずれ、見当はずれの練習になる等質の低い練習になってしまうでしょう。
 もっとも、これらは厳密に数字で導き出し論理的に計画を立てる人もいれば、感覚的な理解をもとに大まかな工程をイメージで計画を立てる人もいます。どちらかと言えば前者のような方法が望ましいですが、後者のような方法が上手く行きやすい人もいますので、それぞれの個性によるでしょう。但し、後者の方法できちんとした計画を立てまた実践するには、かなり高いレベルの実力が必要です。少なくとも、きちんと目標達成のイメージが具体的にわかない人は、前者の方法で設定した方が無難だと思います。
 また別の視点から見ると、まず練習中に練習内容を考えている時間そのものが無駄です(事前に考えておけばその分を練習に回せる)。更に、練習中は当然疲労がある状態なわけで、その分思考力は落ち的確な練習が考えられない可能性が高まります。加えて、疲労がある状態では無意識に楽な練習を考えてしまいがちにもなるので、その面からみても好ましくありません。
 この方向性で練習の質を高めるには、練習を立案・調整する力が必要となります。

(9)定量的な内容となっている。
 定量的な練習内容にするという視点も重要です。この視点が無いと、自分が気づかぬうちに多くの妥協を生むことになります。まずは、定量的な練習にするにはどうするかという例を、whirlの改善を目的に練習をするとして考えましょう。
 まず、「whirlを強化する」くらいしか考えていなければ、そもそもそれは練習メニューを考えたとすら言えません。「whirl関連の技術を20分間」としたら、それはあまり定量的な練習とは言えません。定量的な練習とするためには、「whirl×10(ドロップはノーカウント)を10セット両サイドを基礎練習として、pdx whirl交互×20(ドロップもカウント)の5セットを上位技術の練習として、spinning pdx whirl×10を10セット両サイドを初メイク狙いとして練習する」という風に練習内容を定めれば、ようやく定量的な練習を考えたと言えるでしょう。
 もしどうしても時間でしか区切る事が出来ない場合には、系統ではなく何のトリックを何分練習するかを明確にしたうえで、休息時間(取り方)まできっちり定めましょう。かなりシステマティックで不自由なように感じるかもしれませんが、当然このようにするには理由があります。
そ れは4つあり、まず1つ目はどの程度練習すればどれだけ技術が進歩するかという事がある程度つかめる為です。もっとも、技術の進展は漸進的に進むわけではないので厳密に分かるわけではないのですが、それでもかなり可視化する事が出来るでしょう。
 2つ目の理由は、人はどうしても易きに流れがちな傾向があるためです。特に、自分の身体に高い負荷がかかるような練習では、どうしても妥協したいという気持ちがわきますし、それは当然のことです。しかし、きちんと回数を定めていれば、「この回数を達成するまでは」と踏みとどまる事が出来ます。これをもし決めていなければ早々に妥協したり、自分としては妥協したつもりはなくても実際にはかなり低いラインでしか練習を行えなかったりします。
 3つ目は、一つの技術を練習しすぎて他の技術の練習時間を圧迫するような事態を避けるという事です。これは時間により設定する事でも避けられるのでは?と思う人もいるかもしれません。しかし、この技術は何分までと決めていても、終わる間際にもうちょっとだけと延ばした経験はないでしょうか。時間で練習を区切るとその時間内にどのような練習をするかが不安定なため、内容がぐだぐだになったり取り決めを守らずに延ばしたりしがちになります。この技術は何回やるかという風にきちんと回数で定めていれば、割とあっさり割り切って次の練習に移れるようになります。
 4つ目は、自分の苦手なトリックやフリップサイドの練習にも均等に練習時間を割く助けになるという事です。フリップの練習を決意しても、気が付けばストロングの練習ばかりしていた経験はないでしょうか。人は、よほどの意志力が無い限り、自分の苦手な事よりも得意なことをしたがるものです。しかし、今日は~のトリックのフリップサイドを~回練習すると具体的に練習内容に盛り込んでおけば、あとは実行するだけなのでフリップをないがしろにする可能性がぐっと減ります。
 なお、このように決めた練習内容は、けがをしてそれ以上練習が続けられないなどの大きなアクシデントが無い限り、決して練習中に変更してはいけません(増やしても減らしてもだめ)。どうしても変更が必要であると考えられるならば、なるべく次回の練習から反映させましょう。これは一度決めた取り決めを守る意識を養い、それを徹底することで練習に規律が生まれ、質の高い練習を行う助けとなるからです。こういった練習内容の決め方は慣れてなければ時間がかかるかもしれませんが、コツをつかめば割と簡単に作成できます。
 この方向性で練習の質を高めるためには、計画を立案・調整する力、精神的な強靭さ、セルフコントロール能力、練習のモジュール化(別記事で詳しく説明します)が必要となります。

(10)予想外のことに対応できるような柔軟なプランが立てられており、また自分のモチベーションを保つ工夫がされている
 (6)~(9)と関連しますが、人は計画を立てる際に理想を追い求めすぎて遊びの無い計画を立ててしまいがちになります。しかし、そういった計画を立てると、ちょっとしたアクシデントでもリカバリーがきかず、そしてそういう事態になると計画自体を守らなくなってしまい結局練習の質を落としてしまいがちになります。その為、計画を立てるとき予想外のことが起こったり、計画通りに進捗しないことをあらかじめ織り込んでおく必要があります。そして、そういったことが起きたらどう対処するのかをあらかじめ決めておき、場合によっては計画の修正を行うなど柔軟な対応を行う事が必要となります。ちなみに修正を行う場合は、その修正は本当に必要なものかどうか厳しく見極めないといけません。単に苦しいことから逃げたいがために修正してしまう事も往々にあるからです。
 また、モチベーションを保つ工夫も非常に大切です。人は、何かに取り組むとき楽しんでやっているときが一番成長しやすいと言われています。しかし、苦しいこと、辛いことに取り組めば必ずしも成長するわけではありませんが、どうしても負荷の高い練習が必要になる以上、精神的にも身体的にも非常につらく苦しい状況が繰り返されます。その時に、苦しいことを苦しい、やりたくないという意識のまま我慢して行うのは、悪いことではありませんが良いこととも言えません。理想は、そういった負荷の高い練習やトレーニングを、自らやりたいと思ってやる、楽しんでやるような工夫が出来ることです。
 言うは易し行うは難しで、これは非常に難しいことですが、この工夫が出来たり苦境を楽しめるような人は、本当に驚くべき速さで成長していきます。また、(9)で上げたような定量的な練習だと、どうしても回数を作業的にこなす意識に傾きがちとなる問題もあります。そうではなく上記の定量的な練習でも楽しむ工夫を考えたり、1週間から2週間に一度解放練の日(自分の好きなことだけを練習する日)を設定するなどして、モチベーションを高く保てる工夫を行いましょう。
苦しい状況、辛い状況を、苦しい・辛いと感じたままその状況を続けられるような人はそうはいません。誰しも苦境からは逃げたくなるし、楽な方を選択したくなります。それをただ我慢する、頑張って乗り越えるというような考え方では練習の質は決して上がりませんし、どこかで折れてしまう人が大半でしょう。
 この方向で練習の質を上げるためには、計画を立案・調整する力、自己分析力、創意工夫する力(想像力)、精神的な強靭さ、セルフコントロール能力が必要となります。

 以上10点あげました。
 これらはあくまで私が経験したことや学んだことをもとに、現時点で気付けていることを上げただけにすぎません。ですのでもっと様々なポイントがあって良いですし、統合したり別の視点を加えたりするのも十分ありです。但し、話を進めるためにひとまず今は以上の10点が必要な視点だとします。
 さて、これらのことを意識したとして、すぐに全ての点を意識し質を高められる人はいるでしょうか。また、上記のような観点から、質を上げようと思えばいくらでもあげられる人はいるでしょうか。勿論、練習内容を定量化するなどの作業は取り組めばすぐにできますし、意識するだけで改善できるポイントもいくつかあります。しかし、それらの点はすぐ取り組めたとしても、やがてすぐに頭打ちになるでしょう。むしろ上記の点の多くが、すぐには実現できない、あるいはやり方が分からない事ばかりという人も少なくないはずです。
 それではどうするかというと、これはもうひたすらに試行錯誤するしかないんです。現時点で出来る範囲で計画を立て、実行し、結果を検証しフィードバックを行い改善する。それは自分のフットバッグのパフォーマンスだけでなく、計画や練習内容の策定する能力など全てにおいて実践しなければなりません。その繰り返しを何度も行う事で、ようやく練習の質が上がるんです。

 これらの点から質を高めることは、自分のパフォーマンスを高める事そのものじゃないかと思った人もいるかもしれません。パフォーマンスを高めるために質を求めるのに、質を上げるためにパフォーマンスの向上が求められるのはおかしいのではないかと。しかし、それは少しもおかしいことではなく、むしろそう思うのは練習の質を高めるという事を勘違いしているだけです。
 練習の質を高めるという事は、フットバグのみならず自らのあらゆる面でのパフォーマンスの向上させる事と同義なんです。そして、その手段は絶えず試行錯誤をするしかないという事です。少なくとも、現時点でそれ以外の手法を編み出した人はいません。

 とても端的に言ってしまえば、練習の質は膨大な練習量をこなすことで(そして自らのあらゆるパフォーマンスを高める事で)しか上がらないという事です。

 また、よく勘違いしている人が居ますが、練習の質を上げても練習内容が楽にはなりません。練習の質を高めるという事は、様々な点で自分により高い負荷をかけるという事です。それは技術的な負荷かもしれませんし、精神的な負荷かもしれませんし、身体的な負荷かもしれません。しかしいずれにせよ、それらの負荷を高めるという事は練習内容が厳しいものなることを意味します。練習の質を上げれば楽に効率的に上手くなれるというような、まるで魔法のような事を主張する人が居ますが、そんな事はあり得ません。質を上げると効率的になるという面は一致しますが、負荷の点から見れば楽になるどころか厳しさがどんどん増していく(そしてそれは青天井である)からです。
 また、これらのことを考えれば、よく「実力が劣るものは実力が勝るものよりも多くの練習をしなければならない」と言われるのは、根性論などではなく実に理にかなった言葉だという事もわかります。上記のことを考えれば基本的に実力が勝る者の方が実力が劣る者よりも高い質の練習を行えることになりますし、実際に殆どの場合においてその傾向が見られます。実力の劣るものは練習の質で追いつくことが非常に困難なのに、練習量すら確保できないとなれば、追いつくどころか引き離される一方になるでしょう。
 練習量の確保の大切さを説く人は、上記のようなことを意識的にしろ無意識的にしろ理解していることが殆どです。また、往々にして練習量の大切さを説く人が、練習の質の大切さを説く人よりも質の高い練習をしている事が多かったりもします。これも、上記のことを考えれば当然の事です。

 但し、練習量のみを重視し練習の質を改善しようとしない姿勢もまた、戒めるべきものであることを常に心においておかなければなりません。練習の質が上がっていくという事は、練習の密度が高くなることや練習内容が深くなること、あるいは負荷が高まることを意味し、言い換えれば相対的な練習量(=実質的な練習量)やトレーニング量を増やすのと同等の意味を持つからです。
 例えば質の高い練習3時間を行っている人と、質の低い練習を3時間行っている人では、絶対的な練習量(時間)としては同じでも、実質的な練習量では明らかな差が出ます。練習の質を高める事ができない人は実質的な練習量を増やすことが出来ないことを意味し、結局は練習量の不足を招いてしまいます。
 つまり、練習の量と質はお互いに密接に関係しており、どちらもおろそかにして良いものでは無い(というか分けて考えることがそもそも出来ない)という事が出来ます。多くの練習量をこなすことで練習の質を高め、質が高まる事でまた実質の練習量が増える、その結果また質が上がり……という循環を形成することが、成長速度を高めることに必須となります。

 但し、一般的に練習の質を高めることを意識的にしろ無意識的にしろ行わない人はまずいないと言ってよいと思います。そもそも練習をすること自体が上手くなるためであり、その為に試行錯誤することは自動的に練習の質を高めることにある程度結び付くからです。もっとも、一定以上のレベルに達するためには意識的に自分の練習を見つめなおす必要が出てきますが(そしてこれを出来るかどうかが中級者と上級者を分かつ壁になります)。
 一方で、練習量を多く確保するという事は、意識的に行わないとおろそかにしてしまう事が多くなります。基本的に人は楽をしたい、言い換えれば苦しいことしたくないと考える人が多く、そして練習量を増やすという事は端的に自分に対して負荷が高まることを意味するからです。
 これらのことから、一般的に練習の質を重視する人よりも練習量を重視する人の方が結果を出しやすいのだろうと私は分析しています。また、最初にどうしてもどちらかをと言われたら量を重視することを勧めるとした理由もここにあります。
 最初から練習の質を上げるのは限界があると認識し、とにかく試行錯誤を繰り返すという練習量の確保に努めましょう。そしてその結果をフィードバックすることで、練習の質を高めていきましょう。そうして循環を形成することができれば、成長速度はどんどん増していくはずです。逆にこの循環を形成できなければ、いつまでも成長速度を高められず、いずれは成長が頭打ちとなるでしょう。

 練習の質について本質を理解しないまま練習の質を求める行為は、上記の循環形成の阻害要因となることでしょう。練習の質の大切さを強調する人に出会ったら、きちんと練習の質を正しく理解しているか見極めましょう。
 練習の質を求めるという事は、基本的に練習量を減らすことではありません。むしろ、より多くの練習量(試行錯誤)を必要とすることなのだという事を、理解しなければならないのです。