よく自分の夢を語ったり、夢を持つことの大切さを強調する人が居たりします。しかし、夢を見る事が勧められる対象は、自分で目標設定やプランニングを行う事が難しい子ども(中学生以下)までだと思います。高校生以上ならば、私は夢など見るべきではない、と考えています。
 なので、夢を持つことを大人に語りかける人を見るたびに非常に微妙な気持ちになります。なぜなら、世の中にはかなりの確率でその夢というやつを食い物にしようと手ぐすね引いている存在がいるからです。そこまでいかずとも、失敗したときのリスクについては全く考えてない人(無責任な人)が非常に多いです。その餌食にするのもなあと思って、その夢を実現するために問題になりそうな点や具体的なプランの欠如等を指摘すると、いやな顔して「夢の無い奴」等と吐き捨てられたりします。
 断言してもいいですけど、少なくともスポーツにおいてはこんなことをいうやつの99%は夢をかなえることなど出来ないです。残り1%は物凄い幸運に恵まれれば、もしかしたら達成できるかもね、という感じですかね。私からすると、夢と言っている時点でそもそも本当にそれを実現したいと思っているか疑わしいです。

 あなたが叶えたいという夢は、夢などではなく現実の目標として設定して下さい。例えそれが、他人から見ると大言壮語や夢物語だと捉えられそうな大きな目標だったとしてもです。そして、その目標達成を達成するために必要なことをきちんと見積もり、道筋をつけて進んでください。
 特にスポーツの場においては、ある日突然実力が付くなどという事は有り得ません。極稀に1つのきっかけで大きく実力を伸ばすような事もありますが、それにも必ず成長に必要なバックグランドが有ります。これまで膨大な練習を重ねたにも関わらず伸び悩んでいた人が、一つのきっかけで大きく実力を伸ばすことは有っても、大して練習していない人には、そんなきっかけなど訪れないという事です。

 私がテニスをしてきた中で痛感することは、結局当たり前のことを当たり前にやれる人には、奇をてらっても叶わないという事です。そして高いレベルに行く人は、この当たり前のレベルが非常に高い。どんなに斬新なことや新しい取り組みなどを行っていても、当たり前のレベルが低い人は結局そこそこまでしか行きません。
 スポーツで大成したいなら、王道と呼ばれる手法に正面から取り組むことが、殆どの場合において最善です。なぜなら王道というものは、限りない試行錯誤により裏打ちされ洗練された(無駄や余計なことを極力排除した)道だからです。

 大きな事を成し遂げたいとき、それが目標であるか夢であるかの違いは、その過程がきちんと考えられているかどうかだと私は考えています。人はごまかすのがとても上手い生き物です。特に夢なんて耳当たりの良い言葉でくるむと、さも自分が意識が高い人間かのような錯覚を与えてくれます。
 けれど、そこまでの道筋や過程を考えてなかったり、それを達成するためのプランを持たないような人は、達成できないどころかいいように利用されるだけだと思います。そして、奇をてらったりからめ手を考えるだけでは、何時まで経っても王道をゆく人に叶わないことを肝に銘じておくべきでしょう。
 前回の目標の立て方の記事でも書きましたが、どんな大きな目標を達成するとしても、結局それらは無数の小さな行為の積み重ねでしかありません。それは競技スポーツのトップレベルにおいても変わりません。但し、積み重ねる量と質が圧倒的に違いはしますが。そしてそこにたどり着く為の方法は、決して特別な事や派手な事が必要なのではありません。むしろ、傍目には地味にしか見えない、とても地道な改善をどれだけ積み重ねられるかどうかにかかっています。
 また、途中でもちょっと書きましたが、自分の上限を高めることも必要な行為ですが、同時に自分の下限、言い換えれば「当たり前」のレベルをどれだけ高められるかが非常に重要です。このことについてはまた次回詳しく書きます。