以前持久力関連の記事を書いていた時に低糖質ダイエット(極端な糖質制限による減量法)について取り上げると書いたと思いますが、取り上げるのを忘れていましたので今回から3回にわたって取り上げます。今回は低糖質ダイエットは競技スポーツという視点からどう捉えられるかについて指摘しておきましょう。
 まず結論から先に言います、これは「絶対に行ってはならない」手法であり、「百害あって一利なし」です。あなたがパフォーマンスを落としたい、障害を抱えたい、疲労を溜めこみたい、ストレスを増やしたいというならば止めはしませんがね。
 はっきり言って体重コントロールでこんなことに取り組むのは、競技スポーツにおいては自殺行為以外の何物でもありません。これついては持久力のコラムで述べた代謝の仕組みの応用になりますが、とても重要なので解説しましょう。

 まず、人がエネルギーとして利用できるのは主に糖質と脂質です。タンパク質はそのままでは使えませんので、後に述べますがある処理が必要になります。また、ごく僅かなら量ではありますがクレアチンリン酸を利用したエネルギー調達もあります。クレアチンリン酸を利用したエネルギー生産は非常に限定的ですし、代替する物もないのでここでは除外して考えます。
 その中で、無酸素系代謝において利用できるのは糖質のみ(但しクレアチンリン酸を利用するATP-CP系は除く)です。どのようなスポーツにおいても無酸素系のエネルギー生産を行えないという事は致命的なパフォーマンス低下につながります。更に、脂質を使える有酸素系のエネルギー生産においても、脂質だけを利用するわけではなく糖質利用と良くて50%ずつ程度の割合だと言われています。
 つまり、どのような運動系においてもまた身体を回復させるという面においても、糖質がないと「話にならない」のです。

 ここで、低糖質ダイエット肯定派の定番ともいえる理屈で、「人は糖質を摂らなくてもタンパク質(アミノ酸)や脂肪(ケトン体)を代替的にエネルギー生産に利用できる仕組みを持っているから問題ない」というものが有りますが、はっきり言って問題だらけです。
 これは競技スポーツに限った話では無いのですが、ひとまず競技スポーツの点から問題点を指摘しておきます。

 まずアミノ酸(タンパク質)をエネルギー源としては利用する仕組みについてですが、そのままではエネルギー源として利用できない為、アミノ酸を糖質に変える必要があります。この仕組みを糖新生と言います。厳密に言うと糖新生はアミノ酸由来だけではありませんが、その90%はアミノ酸由来と言われているのでほぼこの仕組みを指すと言って差し支えないでしょう。
 時々誤解している人が居るのですが、糖新生は摂取したアミノ酸(タンパク質)を直接糖質に変えて利用する仕組みでは「ありません」
 これについては、そもそもアミノ酸を何故糖質に変えなければならないかを考えれば自ずと理解されます。
 まず理解しないといけないのは、アミノ酸がそのままエネルギー源として使えないという前提の他に、「糖質が不足することが生命維持において非常に危険な状態である」という事です。その為にそれ以外どうしようもない状況になるとアミノ酸を糖質に変える仕組みが働くのですが、ここで摂取したアミノ酸を直接利用する仕組みだと大きな問題が有ります。
 それは、「アミノ酸(タンパク質)を摂取していることが確実ではない」という事です。つまり、緊急避難としての仕組みなのに、使えるかどうか分からないものに頼る訳にはいかないのです。
 ではどうするか、「必ず調達できるアミノ酸を糖に変える」必要があります。ここまで言えば想像できると思いますが、身体内に存在する筋肉を分解しアミノ酸として調達するのです。言い換えれば、摂取したタンパク質を分解しアミノ酸に変え、各種過程を経て筋肉として同化されたものを改めて分解して使う訳です。
 エネルギー源を調達するのに筋肉を分解し続けるのですから、競技スポーツにおいては害にしかならないというのはすぐに理解されるはずです。またこの状態が長期に渡れば生命維持活動にも支障すら出かねません。そこまでいかずとも、糖質が欠乏した状態が続けばすぐにパフォーマンスが低下し始め、オーバートレーニングを始め様々な障害があらわれてくるはずです。
 もっとも、アミノ酸の糖新生によるエネルギー生産が必要になっている時点で、もはやスポーツなど行える状態ではなくなっているでしょうが。

 もう一方の脂肪を代替的に利用する仕組みはどうでしょうか。これは、物凄く大雑把にいえば脂肪をケトン体に変えて利用する仕組みを指していますが、これも問題があるというか、そもそも解決策になってません。
 まず、ケトン体をエネルギーに利用すること自体はたしかに可能(但し肝臓を除く)で、脳においても糖質の代わりに利用する事が出来ます。ですが、その仕組みを考えれば運動時の糖質の代わりにはなりません。
 そもそも、ケトン体がどのようにして利用されるのか(どのように生産されるのかを含む)をきちんと解説する人が少ないですので、糖質が不足したときにどのような反応が起こるかを説明しておきます。
 まず、糖質不足が続くとアミノ酸の糖新生よりも先に脂質を利用したエネルギー生産の仕組みが働き、脂肪酸のβ酸化が頻繁に行われます。因みに、糖新生も恐らく並行して行われるでしょうがあまり活発ではなく、それでもエネルギーが不足する場合に最終手段として活発になっていくと考えられます。そして、脂肪酸のβ酸化によりアセチルCoAが生産され、このアセチルCoAがクエン酸回路に回されることでエネルギー生産が行われるのです。
 しかし、脂肪が存在している場所ではこの仕組みによるエネルギー生産で問題無いでしょうが、脂肪が存在しない場所(特に脳)においては、脂肪酸のβ酸化によるエネルギー源(アセチルCoA)調達が出来ません。ならば別の場所で生産されたアセチルCoAを移動させれば良いとなるわけですが、このアセチルCoAはそのままでは血中を移動させる事が出来ません。その為アセチルCoAを血中を運搬できる物質に変化させるわけですが、その変化させた物質がケトン体です。
 さて、これのどこが問題なのか、これはもうすでに答えを書いてあります。
 ケトン体をエネルギー源としたエネルギー生産とは、言い換えればアセチルCoAを利用したエネルギー生産です。アセチルCoAは先にも説明した通りクエン酸回路においてATPを生産する基になります。そして、以前の記事でも説明しましたが、クエン酸回路は有酸素系のエネルギー生産回路しかありません。
 つまり、エネルギー源としてケトン体を利用する方法では、無酸素系のエネルギー生産は行えないのです。これが、そもそも解決策になっていないといった理由です。
 言い換えれば、ケトン体を利用したエネルギー生産は、生命維持活動及び強度の低い運動にしか利用できないという事です。

 以上、二つの代替的回路において、競技スポーツには全く役に立たないどころか害しかない事について説明してきました。そして、こんなことを説明しなきゃならんのかという事ではありますが、そもそもこの二つは「糖質が欠乏したときの代替的な仕組み」だという事を忘れてはいけません。
 人に限らず生物というものは、特に生命維持活動においては非常に合理的な仕組みを持っています。しかし、その中でも重要な仕組みにおいては1つだけに頼る事が危険な(何か問題が起こったときに全くリカバリーがきかない)ために、多少冗長であろうとも緊急時に備えて代替的な仕組みをいくつか備えている訳です。それなのに、代替的な仕組みがあるから本来の仕組みを使わないというのは本末転倒にもほどがありますし、あまりにも無駄が大きすぎます。
 既に述べてきたとおり、糖新生はタンパク質をアミノ酸に分解し、様々な過程を経て筋肉として同化されたものを改めて分解して糖質に変換して利用する(結局糖質利用な)わけですし、ケトン体利用についても脂肪酸のβ酸化により生産したアセチルCoAをケトン体に合成して運搬し、更に運搬先でアセチルCoAに戻して結局はクエン酸回路(つまり糖質を単純に利用する有酸素系代謝と同じ回路)でエネルギーを生産するわけです。しかも、その仕組み上ケトン体については無酸素系のエネルギー生産の代替にはならないという欠陥もあります。
 どう考えても、糖質を普通にとってエネルギー源として利用する方が効率的でしょう。というか、そちらが通常時に働く仕組みなのですから当たり前です。言い換えれば、普通に考えて生物が、通常時に利用する仕組みが非効率的な(それ以上に効率的な仕組みを代替的に備えている)訳がないという事です。

 ここまで、低糖質ダイエットについて競技スポーツを行うという視点からその危険性を説明しました。
 以前持久力のコラムでも述べましたが、スポーツというのは究極的に突き詰めれば、どのようにしてエネルギーを調達するか、そしてそのエネルギーをどれだけ上手く使えるかに集約されます。言い換えれば、エネルギー調達能力とエネルギー利用能力がどれだけ優れているかという事です。
 それなのに、態々非効率的な仕組みを利用するのは無駄でしかなく、更にその利用には全く利点が無いどころか多数の欠点もあるというものです。というか、そもそもそれらの代替的な回路が働くような状況においては、ろくにスポーツを行えない状態になっている事でしょう。
 繰り返しになりますが、低糖質ダイエットは競技スポーツにおいては「百害あって一利なし」であり、「絶対に行ってはならない」のです。それは、人の体の仕組みから必然的に導かれる結論です。
 個人的には、低糖質ダイエットは競技スポーツ外においても、有効であるのは極めて限定的な状況あるいは期間においてのみであり、その取扱いについては劇薬に近い物で慎重な運用が必要であると考えています。

 今回の内容を踏まえた上で、次回は競技スポーツを行っていない人については低糖質ダイエットは有効なのかと、なぜ低糖質ダイエットが一定程度の結果を出しているのかを説明し、更にその次で競技スポーツを行う上での体重コントロールについて説明したいと思います。