さて、これまで心を鍛えることについて色々と述べてきました。そうは言っても、じゃあ具体的にどうすればいいの?と思った人もいるかもしれません。そういった人は、迷った時に「あえて困難な道を行く」ことを意識してみるとよいのではないかと思います。

 但し、ここで話をひっくり返すようですが、もし得られる結果が全く同じなら、一番楽な方法を選ぶべきです。これは実に当たり前の話だと思うのですが、意外とこれを否定する人が多くて(特に自分の経験論でしか語れない指導者に多い)困惑することがあります。
 だって、得られる結果が全く同じなら、最も楽な方法を選択して余力を別の要素に回した方がどう考えても効果的です。態々苦労を多くして、少ない利益を取る事にどのような意味があるか説明してくれた人はいません。技術習得に関して「自分で気付いた事じゃないと身につかない」という人が居ますが、それは単に伝え方や反復数が足りないだけだろうとしか思いません。
 そもそもその通りに考えるならばコーチ業なんて成り立たないはずですし、すべて自己流で考えなければならない事になります。少し考えてみれば、それが無茶苦茶な理屈(というか理屈にすらなっていない)という事に気付くはずです。私には、自分が楽をしたいか自分に能力が無いことを隠すために、一見それらしく見える屁理屈をこねているようにしか見えないのですが、どうなんでしょうね?

 もっとも、なぜこのような主張をするかは大体理由が想像つきます。それは技術を安定させるためにはどうしても反復練習により技術を定着させないといけない事と関連しています。「自分で気付く」ためにはかなりの試行錯誤が必要になり、その過程で一定数の反復が行われるために、「気づき」があった時点でその技術がある程度定着しており、気付きを得た後もそれなりに安定して再現できます。
 一方で、その技術の試行錯誤を省いて最短で気付きを与えると、試行錯誤による反復練習があまり無いため技術が定着しておらず、再現が安定しないのです。但しここで間違えてはいけないのは、後者は単純に技術の定着が起こってないだけであり、きちんと反復練習をこなせばその技術を安定して取り扱う事が出来るようになるという事です。
 むしろ技術的には高い状態での反復が多くなるので、前者よりも短い時間で安定性を獲得することが見込めるでしょう。逆に前者は気付いた時にある程度反復がこなされていると言っても、その技術が未完成な状態での反復なので、完全な定着には程遠い段階でしょう。結局は気付きを得た後でもかなりの反復練習を行わなければ安定した再現性を得られません。むしろ、未熟な技術での反復が増える事で、悪い技術や非効率な技術がついてしまい癖になる事も懸念されます。

 得られる結果に対して最短でたどり着く方法が分からず回り道をしてしまった時に、その回り道したこと自体が別の経験になり無駄ではなかったというのはまだ分かります。しかし、最短でたどり着く方法が確立されているのに、回り道する意味はないと考えています。回り道することで得られる他の経験は、また別個にそのこと自体を目的として練習すべきです。私が苦労してたどり着いたんだからお前も苦労しろというのは、単なる指導者のエゴでしかありません。私が言いたいのはそういう事ではありません。

 どのような生活をするのであれ、日常的に私たちは様々な選択をして生きています。その時に、どちらにした方が良いか迷う事があるでしょう。迷い方は様々ですが、その中に「楽な方を選ぶか困難な方を選ぶか」という迷いが生じることが有ります。
このように迷う場合は、楽な方は達成できる見込みが高くある程度のリターンが見込める一方、困難な道は達成できるかどうかわからないというリスクはあるが、もし達成できたときはリターンが非常に大きいか理想的な結果が得られるといったような場合であることが多いように感じます。
 これが、自分や他人の生活がかかるような、失敗することが致命的な事態を生むような選択ならば、前者を選ぶことも間違いでは有りません。しかし、ことスポーツの場において、競技者としてトップレベルを狙いたいならば圧倒的に後者を選ぶべきです。それは、常に理想を目指す姿勢や心構えを持つこと、妥協を許さない(あるいは極力避ける)という事に繋がるからです。

 基本的に、全くリスクを冒さずに安易な練習をするだけでは、上級者と呼ばれるような領域に足を踏み入れることはできないでしょう。ましてや、トップレベルに到達するような人間は、様々なリスクを冒し困難にチャレンジを続けた結果その場所にたどり着いていることが殆どです。例えば、今の自分の演技構成を崩してでもより高レベルの演技に挑戦する、現在の安定性を一時的に落としてでもより高レベルのトリックに挑めるフォームに改善する、身体のバランスが最初はある程度崩れる事を恐れずに肉体改造に取り組むなどです。
 そして、日常からリスクを冒すことや困難な道を避ける人間は、競技においても同様の傾向にあることが多いです。その様な人間が、いくらトップレベルに行きたいと頑張ったとしても、考え方を変えない限り壁を超えることは出来ないでしょう。

 と、こういった話をすると、ものすごく反発したりリスクを冒すこと自体が正しいとばかりに何でもかんでもリスクを冒すような人が居るので困ったものです。そういった人たちは、物事をすごく極端に捉えている事が多いです。
 例えばリスクを冒すことが必要だからと言って、何でもかんでもリスクを冒せばいいというものではありません。むしろ、トップアスリートと呼ばれる人たちは、避けられるリスクは可能な限り避けます。
 凄くレベルの低い例えで申し訳ありませんが、自分は風邪をひかないからと体を冷やすことに頓着しない事や、雨が降っても面倒くさいから傘を差さない等といった事は、負わなくてよいリスクを背負う唯の阿呆です。いやいやそんな人いないでしょって思うかもしれませんが、精神的に成熟してないと意外といたりするんですよこういう人。傘をさすのが格好悪いって何なんだって言うね。お前は本当にアスリートか。
 ですが、もう少し普通レベルの事に目を向けてみるとどうでしょう。競技が終わった後にしっかりクールダウンをする、栄養面がおろそかにならないような食事を心がける、睡眠時間をきっちり確保し規則正しい生活を送る等。これらを怠る事もまた無意味なリスクを負う事なんです(場合によってはそうでないケースもわずかにありますけど)。そしてこういった見ようによっては些細に見えるかもしれない事を、言い換えれば当たり前のことを当たり前の事として、日々疎かにせずにきちんと行うのがトップアスリートです。
 また、失敗することが即破滅につながったり、あるいは自らの競技人生を棒に振るようなリスクもまた犯さない人が多いです(但しドーピング問題などの根深い問題もある)。そんなリスクを冒すのは単に無謀なだけだからです。
 無意味なリスクは極力避け、必要なリスクを必要なだけ負うという事が大事です。また、練習である程度リスクを冒して失敗したとしても、取り返しがつかないことはあまりありませんし、むしろそのチャレンジから多くの気づきを得られたりします。
 更に、もし試合でリスクの高い選択をしなければならないときに、普段からリスクを取る習慣があるかないかで、心構えが全く変わります。

 逆にある一定のリスクを負わない、あるいは困難な道にチャレンジしなければ高いレベルに到達することはほぼ不可能です。もしローリスクハイリターン、あるいは安易な練習でトップレベルなれるような方法があるなら、みんな達人になっているでしょう。
 なお、リスクのある選択をするのだから失敗してもしょうがないとチャレンジする前から考えるのは問題です。むしろリスクを冒すのだから、そのチャレンジを成功させるためにすべてを尽くす心が無ければ、唯でさえリスクのあるチャレンジの失敗率が更に上がります。しょうがないと考えていいのは、あくまで成功させることに全力を尽くしたうえで、それでも失敗してしまったときのみです。
 そういったときはしょうがなかったと気持ちを切り替え、むしろそういったリスクある選択にチャレンジしたことを誇るべきです。そして、そこから得られた経験を、次に生かすことで成長することが出来るでしょう。