どんなにリスクを取ったり困難に挑んだとしても、結局どこかで妥協せざるを得ないではあります。それは生物学的な限界が有ったり、あるいは道具の性能の限界が有ったりと様々な点で限界があるためです。極論を言えば、どんなに努力しても人は自力で空を飛ぶことはできないし、水中で呼吸できるようにもならないということと一緒です。
 但し、その妥協点が本当に妥当なのかは常に問い続けなければなりません。限界だと思っていたことが、実は限界ではなかったという事はスポーツの世界では往々にあるからです。ましてや、フットバッグは歴史の浅い競技です。まだまだ限界点は見えていないと私は思っています。

 理想を追う事は素晴らしいけれど、どこかで妥協点を見つけなければならない、それが現実ではあります。また、フットバッグで試合に臨む場合は自分の実力に見合った演技構成にしないと、めちゃくちゃな内容になるでしょう。
 しかし、それは限界ぎりぎりまで理想を追うからこそ妥協点といえども高いレベルに到達できるのであって、最初から妥協点を考えるような人は結局そこよりも遥かに下のレベルにしか到達できません。スタートの時点で妥協を考える人間は、大抵スタート後の道の途中でも妥協を考え続けるからです。
 もっとも、それが必ずしも悪いこととは言いません。むしろ、フットバッグを楽しんでやりたいだけならば、それもまた一つの選択です。競技者として高いレベルに到達したいのならば、それは戒めるべき姿勢であるというだけです。

 それと同時に、現状の方法論では限界が見えているのに、同じやり方で限界を追及し続ける姿勢もまた問題です。
 理想を追求しても、現状のやり方ではどうしても限界が見えてしまったとします。まずはそこで、ある程度粘る姿勢は必要です。先にも述べたように、単に自分が限界と思い込んでいるだけかもしれないからです。
 しかし、どうにも無理そうだという事がはっきりしたらどうするか。それは、すっぱりと諦める事です。と言っても、理想を追う事を諦めるのではなく、今の自分のやり方で理想を追うのを諦めるという事です。そして一歩引いて、自分がたどってきた道や方法を俯瞰して見てみましょう。それは本当に正しい道でしたか、問題はなかったのでしょうか。
 限界に挑もうとすると、視野狭窄を起こしてしまう事が往々にしてあります。また、ある程度の成功体験を持っている人だと、その成功体験に縛られて新しいやり方を認められないというのも良くある事です。後から考えると、なんでこんな事に気付かなかったのかと、首をかしげるような些細な事に引っかかってる事すらあったりします。

 まあ、世界のトップレベルで活躍するような選手ならば、限界を超えるという事が大抵の場合前人未到の領域に進む事を意味するので大きな困難が伴いますし、そのレベルに至った成功体験を捨てるというのも非常に勇気のいる事です。ですが、そういったレベルでない人が感じる限界は、実は少しやり方を変えたり、工夫を凝らしたりすることであっさりと越えられるものも結構あったりします。
 そこまでではなくても、誰かが同じ悩みに直面し、解決方法を考え出している可能性は非常に高いでしょう。もっとも、その方法論を全ての人が実行可能かはまた別の話ですが。
 フットバッグに限って言えば、少なくともvasekが到達したレベルまでは人間に到達できることが証明されているのですから、それ以前のレベルで躓いても限界なわけではありません。
 いや、vasekは才能が違うからとかいう人は、競技者として向いていないと思って下さい。競技者として必要な姿勢は、どのような目標であれ「どう到達するか」を考え、チャレンジし続ける姿勢です。「何故到達できないか」の理由ばかり探す人は、決定的に競技者に向いていません。ましてや、才能なんて非常なあやふやなものに理由を置いていたのでは、最初から道半ばで力尽きるのは目に見えています。

 理想を追う事と現実的に考える事、両方のどちらかが優れているという事ではなく、結局ここでも両方のバランスが大事だという事です。理想を追えない人間は高いレベルに到達するのが難しくなるでしょうし、現実的に考えられない人間は試合で安定して力を発揮することが難しくなるでしょう。
 ただし、人は実力をある程度身に着けると、どうしてもいろんな事に縛られるようになります。むしろ、そういったことに縛られていることを望んでいるようにしか見えない人も結構存在します。そういった自らを縛る要素(常識や固定観念、既成概念など)を一つ一つ打ち破る事が理想を目指すという事なると思います。これは、普通に練習していたのではまず無理です。 ですから、普段は常に理想を追う事を考えるくらいでちょうど良いのではないか、と私は考えています。

 理想を追うと言葉にするのは簡単ですが、実際にはものすごく難しいし大変なことです。また、理想と言っても人によって思い描くものが違うので、理想を追う事が結局は実に現実的な選択をしているだけという事が有りえます。
 ですので、理想を考えるときは「自分がどうありたいか」というよりも、「人間として限界はどこにあるのか」で考えた方が良いように思います。そこにたどり着けるかどうかは問題ではありません。むしろそんな場所にたどり着ける可能性は極めて低い、もしかしたら0に近いかもしれません。
 しかしだからこそ、追う価値があるのです。