ここまで様々な点でバランスが大事であるという事を繰り返し述べてきました。基本的に、極端に何かに偏らせた方が高い効果が見込める分野というものは少なく、多くの場合において中庸であることが良い結果を生みます。
 それは、失敗体験と成功体験の積み重ね方についても同じです。

 世の中、特にいわゆる「厳しい指導者」は失敗体験を多く積み重ねることを重視する傾向が多いように思います。曰く、「スポーツは負けて強くなるものだ」という事です。また、「負けて失うものは何もない」等といったセリフも良く聞かれます。
 ですが、私はそれは違うだろうと思っています。負けるという失敗体験を積み重ねるだけでは決して強くなりませんし、負けて失うものはどんな状況であれ確実にあります。
 その中で最たるものであり重要なものとして、「自信」が挙げられるでしょう。

 負けるという体験は、自分の未熟な面を教えてくれるという意味で、自らのこれまでの取り組みを振り返るとともに、これからの方針を考えるうえで有益な体験となります。しかし、負ける体験が続きすぎると、次第に自信を失っていきます。
 これが、自分が意識できる部分で失っているだけならまだ対処法はありますが、厄介なのは無意識の領域で気づかぬうちに自信を失ってしまう事です。そしてそれが行き過ぎると、完全に自信を喪失したりモチベーションが著しく落ちるなどの傾向がみられるようになり、諦めが早くなったり、大事な場面で負けを意識し上手くプレイできなくなり負け癖のようなものが身についてしまう事があるのです。
 これは、レベルが高い環境で練習していて、実力もついているはずなのに何故か勝てない、という状況に陥っていたら、この負け癖がついていることを疑ってみるべきです。実際に私もテニスでこの負け癖がついている人を多く目にしましたし、私自身も陥りかけたことが有ります。

 人はどんなに果敢なチャレンジであったとしても、失敗体験から自信を得られることは殆どありません。人が自信を得て、そして育てるのは多くの場合成功体験からなのです。
 ですので、難しいことにチャレンジしたり、高いレベルの試合に出ることは大切ですが、それと同時に自分が達成しやすい(容易な)事にチャレンジしたり、低いレベルの大会で優勝を体験するという事がとても大切です。

 そして、あなたがもし誰かを指導する立場だったり、あるいは友人などがそういった成功体験をした時に、絶対にかけてはいけない言葉が有ります。それは、その成功体験を否定するような言葉です。
 そんな言葉をかける人なんているの?と思うかもしれませんが、次のような言葉を聞いたことは有りませんか。
 「こんな大会優勝して当然だ」、「そんな簡単なことが出来たくらいで喜ぶな」、「こんな小さな大会に勝ったくらいでいい気になるな」、「まだこの程度の事しかできないのか」、「それが出来るなら最初からやれ」など等。
 これは、特にジュニアスポーツの指導者に多く聞かれる言葉ですが、このような言葉をかけることは非常に大きなダメージを相手に与えることをきちんと認識すべきです。

 それがどんな些細なものであれ、成功体験を得られたならばその事をほめてあげるべきです。そんなことをしたらその人が調子に乗ってしまうとかいう人が居ますが、そういう人は人間がどう成長していくかという事について全く知識が無いと言ってよいでしょう。
 山本五十六の非常に有名な言葉に、「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」という言葉がありますが、これほど人の成長の傾向を端的に言い表した言葉はそうないと思います。
 成功体験を得られた人間は、どんなに些細な事であってもそこに成長した証が有ります。そして、その成長を認める事(多くの場合ほめる事)が、その人の自信を培い、そしてモチベーションに繋がっていきます。
 それらを否定することはせっかく生まれた自信を奪う事に繋がり、またモチベーションを低下させる要因になるでしょう。勝って兜の緒を締めよという言葉は、もっと違う形で実践するべきなのです。

 では、どのようにすればよいかというと、まずその時の成功体験によってどの程度の成長があったかと、その事により達したレベルを再確認させます。この時にきっちりほめる事も大切です。そして、その後に次の目標を示してやればよいのです。今回はこれだけのことが出来たから、次はこのことにチャレンジできるねという風に。
 そうすると高いモチベーションを保ったまま、次の目標に挑めるでしょう。また、その行動は挑戦するという態度になるため、過信に繋がる事も防ぐことが出来るはずです。
 そしてこれは他人に対する態度だけではなく、自分に対する態度でも同様です。
 どんな些細なことであれ、何かしらの成功体験を得たら存分にその事を喜んでください。その事に対し喜びや満足感を得ることは、少しも悪い事ではありません。そうしてしっかりと喜びを噛み締めた後に、次の目標に向かってまた進めばよいのです。

 但し注意してほしいのは、褒めることが大事だからと言って、(それが他人にであれ自分にであれ)何でもかんでも褒めても逆効果だという事です。
 例えばフットバッグで普通にギルトレスでシュレッドを行うようなレベルの人に、クリッパーが出来たことを褒めても相手は全く喜ばないでしょう。むしろ、馬鹿にしているのかとすら感じるかもしれません。これが、クリッパーのレベルが他と比して高いレベルにある、という褒め方なら良いでしょうが。
 ましてや、本来してはいけない事すら褒めてしまえば、その事を正しい事だと誤認させることになります。そうなれば、その人間は決して高いレベルに上る事は無くなるでしょう。

 因みに、ここまで述べてきたことからあえて言うまでも無いことかもしれませんが、成功体験ばかりを続けることも当然よくありません。多くの場合において、自信が過信に繋がってしまう危険があるからです。
 また、人は自分が成功する可能性が高い事を続けることに、実はあまりモチベーションを感じないと言われています。むしろ行動が作業的になったり、モチベーションを低下させたりするでしょう。
 更に、成功することにこだわりすぎて失敗を過度に恐れるようになったり、ひどい場合は失敗をなかったことにしたりといった自分や指導者に嘘をつく行為すら行うようになります。

 ここでも大切なのは循環です。まずは成功を体験し、次のステップに移る。そこでも成功するようならどんどん次のステップに移る。そうすると、どこかで必ずすぐには達成できないステップにたどり着きます。そこで、多くの失敗体験を重ねる事でしょう。
 それらの経験をもとに、自分の欠点や練習方法などを見直し、チャレンジし続ける。そのうちに、今までたどり着けなかったステップにたどり着けるようになるでしょう。
 その時の成功体験はとても大きな自信を得られるでしょうし、大きなモチベーションにもなるはずです。そしてその自信を元に、次のステップへ移るのです。
 このように、成功体験と失敗体験は成長していく過程で交互に繰り返されるべきものなのです。
 特に自信を養う上では、成功体験が欠かせないという事は、しっかり認識しておいた方が良いでしょう。