力感に頼って動いていると、単に大きな力を出せないだけでなく、目的の動きを阻害する事すらあります。
 筋肉は、基本的に力を発揮する方向が決まっています。ですので、ある筋肉が関われる部位の動作方向は当然決まっています。動く方向がかなり自由な肩関節や股関節は、その為に非常に多くの筋肉が有り動きを支えています。一つの筋肉がいろんな方向へ動くという訳ではありません。
 例えば股関節なら腸腰筋と呼ばれる三種、内転筋群と呼ばれる五種、外転筋群と呼ばれる三種、深層外旋筋と呼ばれる六種、大腿四頭筋の中の1種(大腿直筋)、ハムストリングと呼ばれる三種、そして大臀筋と実に22種類もの筋肉がその動きに関わっています。ただ、股関節で考えるとあまりに難解なために、今回は腕(肘関節の曲げ伸ばし)で考えてみましょう。
 肘を曲げる(屈曲)場合、主に働く筋肉は上腕二頭筋です。いわゆる「力こぶ」の事ですね。逆動作の肘を伸ばす(伸展)場合はその裏側にある上腕三頭筋(とサポートする肘筋)です。
 さて、「上腕部に力を込めてください」と言われた際に、殆どの人が力を込める筋肉は上腕二頭筋になるでしょう。そこがより感覚が発達しているからです。
 しかし、先ほども言った通り、上腕二頭筋が働く動作は主に肘の屈曲です。伸展させる時にも上腕二頭筋に力を込めると、むしろ運動を阻害してしまうのです。これについては、簡単な実験で確かめる事が出来ます。

 まず二人一組で動作者をA、補助者をBとします。Aが片方の腕を前方に伸ばした状態で肘が下側の状態(掌を上に向けた状態)を保ち、BがAの手首の甲側と肘の内側に手を添え、ひじ関節が屈曲する様に両手で力を入れます。
 最初Aを担当する人は握り拳を作り「頑張って」Bの動きに抵抗しようとしてみてください。恐らく、どんなに力を入れようが結局抵抗できず肘を屈曲されてしまうでしょう。但し、両者に筋力差が有りすぎるとこの時点でも曲げられない為に、この状態で曲げられる程度の筋力を持っている人がBを担当して下さい。
 次に、Aを担当する人は握り拳を開き腕の力をまずは抜いて、上腕三頭筋だけを意識するように努めてみてください。おそらくこの際には最初よりも非常に頼りない感覚がするでしょうが、いざ同じ動作でBが曲げようとしてもびくともしなくなるはずです。
 Aとしては明らかに力を出している感覚が減っているのにびくともしないので、最初はBが手加減しているのではないかと疑うくらいだと思います。
 因みにここに更に身体意識を加える発展系が有り、Aが腕を前方に伸ばした状態で、腕の下側(上腕三頭筋が有る側)に鉄の棒が手先まで通っているとイメージしてみてください。腕を曲げようとするBは、Aが上腕三頭筋を意識した時よりも更にびくともしなくなったと感じるでしょうし、AはBから発揮される力が減ったように感じる為に更に少ない力感で耐えられるようになります。
 人にもよりますが、多くの人は殆ど力を出している感覚は無くなるでしょう。
 これは、イメージにより更に上腕二頭筋の関与を抑え上腕三頭筋を効果的に働かせることが出来たことによるものです。これが、脱力により阻害する働きを抑えパフォーマンすを改善する一つの例です。
 なお、この実験は私が大学時代に必修の授業で受けたものですので、オリジナルではありません。ですので、似たような実験を行ったことがある人もいるかもしれません。

 さて、こういった単一動作で考えれば分かるけれど、じゃあ実際のスポーツの現場ではどのような動作に繋がるかが分からないという人もいると思います。
 これについて代表的な例は多くのラケットやバットを使用する競技のスイング動作、特にテニスのサーブやテニスやバドミントンのスマッシュの動作が挙げられます。
 これらの協議はは準備動作からインパクトに向けて肘を曲げた状態から伸ばして打つ典型的なスイング動作です。その為に、力を入れる事を重視すると威力のある動作を実現できなくなります。
 野球のバットスイング、ゴルフのクラブのスイング、テニスやスカッシュのストローク等のスイングに関しては状況に応じて動作形態が多彩なために一概には言えませんが、概ね準備動作からインパクトに向けて腕を進展させることが主動作の一つとなります。
 その為にやはり力感を重視すると腕の進展動作を阻害することになるでしょう(結果として威力や飛距離が出ない)。もっともこれらは腕のみを対象にした場合の問題点であって、全身で見ればより重要である大きな力を生み出す体幹の回転運動を疎かにしたりその力の伝達を阻害するという悪影響の方が大きいのですが、これについてはのちの記事で改めて説明します。

 今回は腕部で説明しましたが、脚部でも似たようなケースは多くあり、更にその殆どが力感を重視した結果目的の動きが阻害されてしまいます。
 例えば太ももの前側の筋肉(大腿四頭筋)に力感を持って短距離を走ろうとする人が少なからずいますが、大腿四頭筋は大腿直筋を除きブレーキをかける筋肉であり、速く走る邪魔をしているなどですね。
 むしろ太ももの力を抜くよう意識して足を引き上げると、最重要な筋肉である大腰筋の働きが大きくなり、パフォーマンスが改善されます。また、加速に重要なハムストリングの動きを阻害する要素も減るので、こちらの影響による改善も大きくなるでしょう。

 恐らくこういった事を感覚的に理解している人が多いからこそ、脱力の重要性が説かれるようになったものと思われます。
 またこれに加えて、股関節の様に非常に多くの筋肉が動作に関与する関節で、明確に感じ取れる筋肉などごく一部で、そうでない筋肉を正しく動作させるには逆説的に「そこを使っていないという事が考えられない状況を作り出す」事で実現するしかありません。
 言い換えれば、感じ取れる筋肉ばかりを使おうとすると用意された多種の筋肉の協動を妨げる可能性高く、パフォーマンスの改善を妨げる可能性が高いという事です。

 こういった点を見た時に、「脱力を心がける事による弊害はないのか」と考える人が居ると思いますが、極めて局所的な例を除き殆どないと言ってよいと思います。局所的な例というのは、ウエイトトレーニングやアームレスリングの様に動作を極端に制限し極めて少ない筋肉しか運動に関与させないケースです。
 このようなケースにおいては力を込める箇所以外の筋肉が関与できないのですから、脱力することが更なる力の発揮に繋がりません。
 ですが、先にも述べたように、多くのスポーツにおいては多種の筋肉が関与する複合的な動作が殆どであり、そんな中で力感を感じる事の出来る筋肉というのは、何度も述べているようにごく一部に過ぎないのです。

 この考え方の根底にあるのは、「人は力を入れるよりも脱力する方が難しい」という考え方と、「人は力を発揮する動作は本来自然に出来る」という考え方です。
 例えばラケットでボールを打つ時に、インパクトの瞬間に力を込めることなど意識しなくても自然と力を込めるので、むしろ意識してしまうと一部の筋肉の過剰な動作を導いてしまい、重要な部分の参加が見込めないという事です。
だからこそまずは必要な量に過不足の無い出力を掴むためには、脱力することを意識する必要があるのだと私は考えています。